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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1938号 判決

控訴人 合名会社根上製作所

被控訴人 小出明 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに立証は、控訴代理人において、乙第四号証の一、二第五号証第六、七号証の各一、二第八号証を提出し、当審における証人小松千代子同福田広の各証言、控訴会社代表者根上直の尋問の結果を援用し、被控訴代理人において、乙第四号証の一、二の成立を認め乙第五号証第六、七号証の各一、二第八号証の成立を不知と述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるので、こゝにこれを引用する。

理由

被控訴人長田が昭和十六年十月二十四日控訴会社に入社し昭和二十八年四月十五日退社し、被控訴人小出が昭和十六年三月十日控訴会社に入社し昭和二十八年四月十五日退社したこと、控訴会社の社則第八十九条に退職手当として本俸月額に勤続年数を乗じた金額の七割以上を支給する旨の規定の存することは、当事者間に争のないところである。

控訴人は、被控訴人らは昭和二十八年二月以降控訴会社の売上金を横領するなど不都合の所為があつた廉で社則第十七条に基き懲戒処分として解雇し、社則第八十八条によれば、右の場合には退職金を支給しない旨規定しているから控訴人は退職金を支払う義務がないと主張し、控訴人主張の社則のあることは成立に争のない乙第四号証の一、二に照らし明らかであるが、当審における証人小松千代子同福田広の各証言及び控訴会社代表者根上直の尋問の結果、原審における証人斉藤由美同遠田麻雄の各証言及び被告(控訴人)代表者根上直の尋問の結果(第一、二回)によるも、被控訴人らが懲戒解雇されたことを認めるに由なく、他にこれを認めるに足る証拠なく、かえつて、成立に争のない乙第三号証の一、二によれば、控訴人は退職手当を支給すべきことを認めているので、この点の控訴人の主張は採用出来ない。

被控訴人らは、被控訴人らの退職時の本俸月額は、被控訴人長田は金三万一千円、被控訴人小出は金二万一千円であると主張するが、これを認めるに足る証拠がなく、当審証人福田広の証言により成立を認め得る乙第八号によれば、昭和二十四年七月頃被控訴人小出は本俸九百円物価手当八百円家族手当三百円職務手当三千八百円販売外務手当五百円特別手当二千二百円能率給千二百円合計金九千七百円にて、これより税金、健康保険料、厚生年金、失業保険料などを控除し手取り金八千九百二十八円であり、被控訴人長田は本俸二千三百円物価手当八百円家族手当九百円職務手当五千八百円特別手当三千四百円能率給千八百円合計金一万五千円にてこれより税金、健康保険、厚生年金、失業保険料などを控除し手取り金一万三千八百五十七円であることが認められ、当審証人福田広の証言により成立を認め得る乙第七号証の一、二によれば、昭和二十六年七月分として、被控訴人長田は本俸二千三百物価手当千円家族手当千円職務手当七千八百円であることが認められ、これらの事実によれば本俸と称する給与が極めて少額であり、職務手当物価手当特別手当能率給が一率に支給され、むしろこの給与が全給与の主要な部分を占めていることが明らかであつて、社則第八十九条のいわゆる本俸月額とは、労務の対価として毎月支給される一定の固定給与を指すものと解すべきであるから前記の如く諸手当が一率に支給されこれらが給与の主要部分を占めるときには、これらの手当は臨時的或は特別の暫定手当である意味を失い、名義の如何を問わずむしろ固定給与の一部となつたものであると解するのが相当であつて、前記給与中家族手当販売外務手当を除くその余の給与をもつていわゆる本俸月額と解すべきである。このことは、控訴会社が成立に争のない甲第一、二号証のような給与辞令を被控訴人らに交付していた事実からも推知することができる。右甲第一、二号証によれば、昭和二十七年九月当時被控訴人長田の月額手取りが金二万五千円、被控訴人小出の月額手取りが金一万八千五百円であることを認めるほかなく、この金額中には本俸月額のほか証人福田広の供述により成立を認められる乙第六、七号証の各一、二、前記乙第八号証により推認されるように、被控訴人長田については家族手当同小出については家族手当、販売外務手当が含まれているが、月額手取りは本俸月額及び右手当の合算額から税金、健康保険料のほか厚生年金、失業保険料などの控除されたものであつて、右控除額は右乙号各証により推認されるように右手当を遥かに上廻るものであるから本俸月額は月額手取りを越えるものと認めることができるので、被控訴人らの本俸月額が少くとも右手当額を超えるものであつたことを否定し難く、他に右認定を左右するに足る何らの証拠もない。然らば、控訴人は前記社則第八十九条により、少くとも右金額に前記争なき勤続年数を乗じた額の七割に相当する金員を被控訴人らに支払う義務のあることが明らかであり、被控訴人長田の申請に係る支払命令が控訴人に送達された日の翌日が昭和二十八年十一月十三日であることは当裁判所に明らかであり、被控訴人小出が内容証明郵便により控訴人に対し退職金の支払を請求し同郵便が昭和二十八年六月十八日控訴人に到達したことは、成立に争のない甲第三号証の一、二により明らかであるので、控訴人は、被控訴人長田に対し、金二十万九百八十六円三十銭とこれに対する昭和二十八年十一月十三日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払義務があり、被控訴人小出に対し、金十五万六千三百五十七円九十四銭とこれに対する昭和二十八年六月十九日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払義務のあることが明らかである。

よつて、右同趣旨の原判決は相当で本件控訴は理由がないのでこれを棄却し控訴費用につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡咲恕一 田中盈 脇屋寿夫)

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